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反「道徳」教育論 (PHP新書 463)

反「道徳」教育論 (PHP新書 463)
山口 意友
反「道徳」教育論 (PHP新書 463)
定価: ¥ 756
販売価格: ¥ 756
人気ランキング: 156949位
おすすめ度:
発売日: 2007-06-16
発売元: PHP研究所
発送可能時期: 通常24時間以内に発送
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反「道徳」教育論 (PHP新書 463)を読んでみた。う~むと納得しきりである。

なんといっても、著者山口 意友の意欲が読み取れるから、ついつい読んでいってしまう。

ぐいぐい反「道徳」教育論 (PHP新書 463)に引っ張られているという感じか?反「道徳」教育論 (PHP新書 463)に類する本は、あんまり多く読んだことがないから比較はできないけれど、これらに類する本の中ではかなり高評価を得るんじゃなだろうか?

やっぱり著者が意欲を持って書くと、いいものが出来上がる。

反「道徳」教育論 (PHP新書 463)は評価が分かれるんじゃないだろうか?読後にそんなことを思った。著者の山口 意友はそんなことはちっとも気にしていないんじゃないかと思うけれど。

反「道徳」教育論 (PHP新書 463)を読んだ友人にも聞いた見たのだが、一人は「いい」と言ったが、別なひとりは「そうかな?」と首をかしげた。

試しにまた別な友人にも反「道徳」教育論 (PHP新書 463)を貸してみようと思う。

さて、どんな評価が下されるか?あまり、褒められた事ではないけれど、本には読書以外の愉しみ方があるのだ。

「道徳」より「キレイゴト」の批判書だが…
内容は現行の「道徳教育」への批判というよりも、
世論で広まっている様々な「キレイゴト」について、
いろんな人の立場や状況に立って考察し、
痛烈に「キレイゴト」を批判するもの。

実際、著者の批判する「キレイゴト」には
ボランティア、夫婦別姓、教育勅語、死刑制度など、
かなり社会的な問題についてのものが多く、
学校現場で扱われる「道徳教育」への批判に
そもそもなっていないように思われます…。
(実際の授業は主に日常の話題が多いので…)

ただし、彼自身の得意分野は「正義」で、
著者自身が教職の授業に関わっているために、
教師を対象とした「道徳教育論」として
自身の見解を述べている感じです。


賛否の分かれる著書だとは思いますが、
巷の「キレイゴト」よりまっとうと思われる意見が多く、
個人的には考えさせられる部分が多かったです。
著者の希望通り、
現場の教師にも読んでほしい本だと思います。

論証が鮮やかとはいえない。
現に学校でなされているキレイゴト道徳教育が生徒達の心に響かない無効なものだという問題から説き起こしている点は鋭く、時宜を得たものだと思う。しかし、それに対する処方箋が美学的な要素を教室で教えること、というのはうまく噛み合った回答にはなっているとは思われない。美学の強調が道徳的行動(あるいは不道徳な行動の回避)への「動機付け」を強化するという意義はあるのだろうが、ごく素朴に考えて、善悪を考えるのに美学へ走るのは一層「キレイゴト」に近づくことになりはしないだろうか。特に、「欲」ではなく「徳」の価値観を、と主張されるとき、疑問はいよいよ強いものとなる。著者によれば「徳の価値観」は、経験的な他者や世間の目を超越した垂直的な「己の美学」のレベルにあるというのだが、この「己の美学」形成が各個人にゆだねられたとき、それが単なる個人の恣意的な好き嫌いを超えた位置価を持ったものになり得るという理由を示し切れていない。この垂直性を西洋においては担保してきた一神教という要素に頼れないせいなのかどうか、「主観的でなぜ悪いのだ!」と開き直らざるを得ないことになっている(230頁)。
 一方で、建前やドグマを一方的に押しつける(他律)のではなく、規範的問題について論理的に自分の頭で考えさせていくべきだという志向(自律)も強調しているようで、そちらは正しいと思う。ただ、その割には具体的な応用倫理学的諸問題についての主張に対する論証が残念ながら余り行き届いていない印象。端的に論理的に不十分な部分がたくさん見受けられ少々イライラした。
 社会をどうみるかというスタンスや口振りの不穏さではコラムニストの勝谷誠彦あたりに近い感じなので、彼の言っていることが好きな人は感情レベルでぴったりくるかもしれない。
 取り上げている問題や結論は似たり寄ったりにせよ、勝谷のように行き当たりばったりの放談のようなアプローチとは一応違って、(不十分にせよ)論理立てて論じる形式を取っているところ、小中学校で道徳教育に当たっている教師にアドバイスする立場にあればこその視点、道徳理論に言及して教育指導要領を分析して見せたりしている点が類書にない特色か。

そこそこ面白いんだけど
 本書の主題は、強制ボランティア、夫婦別姓、死刑廃止等の個別問題の検討を通じて、「現代の美学喪失の価値観やそれに伴うキレイゴト教育を徹底的に斬り捨て、己自身の美学を持つための前提となる自律的思考や美学」(p.53)を例証することにある。こう言うと難しく聞こえるが、要は、現代社会に蔓延するいわゆる「自己決定権」を楯にした自己の欲望のひたすらな追求の風潮に抗し、「己の美学」の陶冶を青少年の道徳教育の柱に据えることを提唱するものである。文章や主張は概ね明確であり、読み通すことは容易い。
 著者によれば、われわれ人間が生きていくうえで必要な社会規範には「法律のレベル」「道徳のレベル」「美学のレベル」という三種類が存在し、前二者がもっぱら他人との関係性の中で要請される水平的で普遍的な規範であるのに対し、後者は「己が自らの心に課す行動規範」「己自身の美しさを保つための規範」であり、垂直的で主観的な規範である。そして、他人に迷惑をかけていなければ何をしてもよいという「欲の価値観」を抑制しうるのはこの美学レベルの規範にほかならず、そうした「己の美学」の陶冶こそが、教師や親などの教育者に求められている役割である。つまり、本書における著者の眼目は、道徳や倫理のひたすらな「法」化傾向への対抗策として、いわゆる「良心」の復権を促すことにあり、その点では一応の傾聴に値すると思われる。
 ただ、惜しむらくは、本書の主題である教育論と、そこでの主張を裏付ける道徳哲学と、その主張の例証として提示される応用倫理学的研究があまり調和しておらず、それぞれの説明に食い足りなさが見られる。あるいは、それ以上に、本書全体を貫く保守的・復古主義的な論調が、著者の筆致のラディカルさとも相俟って、非常に独断的な印象を与えてしまうことであろう。例えば、著者は、「己の美学」が「主観的」であることを強調し、その美学レベルの規範の内容の相対性を一応は許容している。にもかかわらず、著者は、この美学レベルにおける道徳的思考の例証となるべき個別問題の検討の中で、もっぱら伝統的・文化的価値観に従うことの「美しさ」を主張する一方(「基礎編」)、ひたすら戦後的な価値観のみを「ドグマ」として槍玉に挙げていき、それらを超克する「自律的思考」の重要性を強調するなど(「応用編」)、己の美学の主観性を疑わせる非常に偏った議論を展開している。
 確かに「己の矜持」と言われれば、己の美学の主観性はとても美しく響く。だが、その外的制裁に促されていないという意味での主観性は、美学レベルで信奉される規範の実質面での主観性を含意してはおらず、その点で著者の議論には概念上の混乱が見受けられるように思われる。そして、もし著者が伝統的・文化的価値観を擁護するとともに、それを主観的な「己の美学」の問題として位置づけたいのであれば、この問題を避けて通ることは許されないだろう。実際、「己の美学」の「主観性」の強調は、伝統的・文化的価値観が生み出す抑圧を隠蔽するための隠れ蓑として利用されやすい。その点のナイーブさが本書最大の難点であり、余計な誤解を招きやすい要因であろう。

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