苅谷 剛彦

定価: ¥ 504
販売価格: ¥ 504
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発売日: 2002-10
発売元: 岩波書店
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ウチの父が昔よく読んでいた「苅谷 剛彦」。当時は、こんなの何が面白いんだろうと思っていた。なかでも父が特に気に入っていたのが「調査報告「学力低下」の実態 (岩波ブックレット)」というやつだったと記憶している。
今日、僕も試しに「調査報告「学力低下」の実態 (岩波ブックレット)」を読んでみた。すると、父があれだけ「調査報告「学力低下」の実態 (岩波ブックレット)」に夢中だったワケが少しだけわかったような気がする。
ここんとこ風が強い日が続いている。
来週末、寝台列車にでも乗って1人で小旅行に出かけようか。
僕はクローゼットの中のボストンバッグを引っ張り出した。
まずデータを示すことの重要性
小中学生を調査対象とした学力・学習実態に関する調査報告書。大学の先生の書いた、わずか70ページの小冊子。
本書の目玉は2つ。2部構成の前半のテーマは「学力低下」。いわゆる「ゆとり教育」以前(1989年)と以後(2001年)で、子供たちの学力・学習状況はどのように変わったのか、その実態を正確に把握しようとする。単にテストの成績を比較するだけでなく、通塾者と非通塾者間の比較、家庭における学習状況の変化、等も視野に入れている。
著者らの行った比較調査の結果によると、テストの成績で示される「旧学力」はこの12年間で全体的に低下してだけでなく、「できない子」の層がより厚くなっている。学力の低下は非通塾者でより顕著で、学力低下が通塾の効果によって見えづらくなっていることが暴かれている。
後半のテーマは「社会階層の影響」。子供の学力・学習状況に関する社会階層間の格差の存在を指摘し、学校教育のあり方によってはその格差を縮小することもできる可能性を示す。
調査結果によると、テスト成績、学校での主体的な学習への取り組み、家庭での学習状況、等にも、子供の家庭の社会階層による明確な差が認められるという。学力低下を通塾によって補うこともできず取り残された子供たちは、学校の授業にもついていけなくなってしまう。「全ての子供が学ぶ意欲を等しく持っているはず」という前提にもとづいた子供中心主義の導入が社会階層による学力格差の拡大という結果となってあらわれた、欧米社会と同じ傾向に日本もあるようだ。
「学力低下」問題に関してはこれまで全く興味を感じたことがなく、このテの本を読んだのはこれが初めてだったが、1冊目としては良い本を引き当てたと思う。調査結果の解釈において疑問に思う点もないわけではなかったが、まずデータを示すことの重要性を改めて感じた。
競争社会へ変わる社会への準備課程としての公教育の問題
データのネタは,阪大『学力・生活総合実態調査』(01年,小学5年生2100余人と中学2年生2700余人)。政策変更の直前直後での変化を見るのに好都合という理由で選ばれたらしい(11頁)。
「実態」というほど統計データがあるわけではないが,「50円切手4まいと70円切手3まいをかいました。いくらはらえばいいですか。式を書いてときなさい」という算数の問題に,89年時点で81.2%が正答したのに,02年時点では62.7%しか正答できなかったということはわかる(21頁)。確かに,これでは御使いもできず,生活に支障が出るだろう。通塾の有無での格差は大きいが,それでも学力は落ちている。
“通塾すれば問題なし”という視角ではなく,旧来型日本社会から変化しつつある社会(競争社会)への準備課程としての公教育の問題として捉えるべきと著者は力説している。
小学校は伝統的な学力、そして中学校は新しい学力観
日本の小中学生の基礎学力低下の実態を、1989年と2001年に実施した学力テストと家庭環境についての調査により分析している。それによると、小中学校とも明らかに「基礎学力が低下している」。さらに、例えば小学校の算数では、少数の計算、分数の概念に関する学力の低下が大きいという分析がされており、問題点を具体化させており、とても興味深い。
これらの結果は、1989年の学習指導要領の改定「新しい学力観」は、教育における公立学校の大きな役割の一つである「学力の下支え」において、明らかに失敗したことを示している。
「新しい学力観」で提唱されている学力(能力)の重要性を否定するつもりは全く無いが、この学力を有効に活用するためには、当然「基礎学力」がベースになると思う。本書の調査でも、小学校での授業が、先生が板書したり、ドリルをやらせる「伝統的な授業」を経験している方が、中学校時の学力が高いという結果が得られている。
スポーツや音楽などで、基本動作が身に付くまで反復練習をやったり、身に付けた技を有効に活用するために、筋肉トレーニングなどを行う事は常識である。これは、学力においても同じ関係であると思う。計算ドリルや漢字ドリルなどはトレーニングである。このトレーニングが1989年の学習指導要領下では軽視されてきたように思う。
また、文科省などの「公」が存在を認めたがらない、家庭の文化的環境の「階層差」が子供の学力に影響を与えている現実を初めて明らかにしており、興味深い。カエルの子はカエル、という諺が指しているものは、家庭の文化的環境の階層差が学力に及ぼす影響のことかも知れない、と思った。
