小倉 充倭子

定価: ¥ 1,365
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発売日: 1998-07
発売元: 三五館
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おいおいおい、ちょっと頼むよ~~。。。
「天才と、キンピラゴボウの作り方―子どもを自然に天才にする法則」みたいな本を100円コーナーに置いておくんじゃね~よ~。
・・・と、今回はいきなりブックオフの100円コーナーにキレてみました。
しかも、よくよく見れば、天才と、キンピラゴボウの作り方―子どもを自然に天才にする法則の他にも、天才と、キンピラゴボウの作り方―子どもを自然に天才にする法則の続編みたいなのとか、小倉 充倭子関連の書籍が投げ売り状態に・・・!
・・・っったくアイツ等ふざけやがって~~。
だいたいにして「いらっしゃいませ、こんにちは~」ってゆう、心が微塵もこもってない、ただ言わされてるだけのセリフを聞いてるだけでサツイがこみ上げてくるぜ(-_-メ)
マクロビオティック信者の電波本
玄米食と自然食で天才児(本当かどうかは不明)を育てた母さんのエッセー。
しかし、結局玄米食と自然食がなぜ天才児を作ったのかどうかという科学的根拠などは書かれていない。
私は、玄米、玄米とウルセーナという印象を持ってしまった。
あまりの頑固さに読んでいて疲れる。
自然派の洗剤で洋服を洗い、洋服の汚れが落ちていない(実際は落ちているらしいが)と学校で息子がからかわれても、なお、洗濯の仕方を絶対変えない作者は、信念こそ持ち合わしているんだろうが、「これが良い」しかし「これ以外はすべてダメ」と言われているような頑なさが読んでいる読者にとって、あまり良い印象を与えないのではないだろうか。
(少なくとも私はそう感じた)
しかも、配偶者不在の家庭が良いとも言えないと思うし、配偶者が不在の子育てや教育をすることが良いとも思えない(一概に悪いとも言えないが)。
読んだ結果は「マクロビオティック信者の電波本」という印象。
本とは関係ないが、こんな人が姑なら、嫁さんは大変だろうなーという印象も持った(笑)。
玄米食と天才との関係は結局不明である
少々書き足りないので書き足す。
著者は「玄米食」で男児3人の天才を育てたという。しかし内容的にはスーパー教育ママの記録である。この教育ママはもともと教育の専門家である。このような例は五嶋節(五嶋みどり・龍の母)が有名である。五島節は音楽家であり、かの斎藤秀雄(怖くて有名だった)とケンカまでした(!!!)ような人である。直情径行はこの著者と相通じるところがある。父親の影が薄いところまでそっくりである。
著者は教育一般の専門家であるが、音楽教育の専門家ではないところが、次男殿のピアノ教育の結果に表れている。ピアノはどんな天才でも弦楽器などに比べて練習量が物を言う楽器である。これは音楽教育家には常識であるが、著者は知らなかったようだ。ピアノに比べれば弦楽器奏者(長男殿である)は全く練習しないように見えるのがあたりまえなのである。次男殿には音楽の他にもやりたいことがあったようだから、途中でやめて当然である。
著者の最もまずいところは、素人のふりをするところである。専門家は素人のふりをしてはならない。自分にできることを隠してはいけない。それは本当の素人を惑わす不正行為である。先に挙げた音楽教育における限界等のような経験を積めば、ご自分がどの分野の専門家であるかが判るはずである。
何ができて何ができなかったのか、それはなぜなのか、専門家として正しく自己分析していただきたい。ここには「分析」が全くない。「実験」したなら報告書が必要だ。いくらマクロビオティックがホーリズムだからと言って、教育内容の分析をしなくて良い理屈はない。そして、専門家に最も必要な能力は自分を社会の中に位置づける能力である。ちなみに五島節は自分が音楽教育家であることを一切隠していない。
親は子供を育てることによって、かえって「育てられる」感覚を得るものだが、著者にはそれが感じられない。単に言葉にしなかっただけだろうか?
子供は、食と愛だけでは育たないことを証明した
[表現]★★★★★:次を読ませる筆力がある。
[内容]★★★:書いてないことがだいぶある(後述)。著者は教育者になるための訓練を大学・大学院で受けたはずである。
[企画編集]××(マイナスである。印刷機を回したのを功績とする。だから-5は遠慮した。):出版社の都合には相変わらず辟易する。本が薄すぎて著者の意図を反映し切れていない。この文脈では玄米食以外がいかに普通だったかを書かねばなるまいに。
著者ははっきり学者としての教育を受け、研究し、それを自分の子供で実験した。著者は「実験教育学」の学者・実践家と言って良い。子供たちはただ単に同輩中での社会性を身につける為にだけ学校へ行く必要があった。「知育をしなかった」と言うが、親に「お話」の才能が有れば絵本など要らない。おそらく親子の会話量は尋常ではないだろう。その効果は石原千秋「秘伝 中学入試国語読解法」が参考になる。
15歳になってはじめて「教えてくれ」と24時間(?)言い続けた子供に、9年分を1年で教える体制を整えるのは現代の普通の親には不可能だ。これは収入とも玄米食とも無関係である。それができない親(つまり優秀な教員で、精神力があり、学力があり、家庭教師を手配して選ぶ能力があるという条件を満たさない親-資金力ではなく、親個人の能力である)はあきらめることになる。だから教師は税金を使って育てる必要があるのだが、著者にその認識があるだろうか?著者の主張が本当なら当然、全寮制のマクロビオティック学校を即刻作るべきなのであって、それを著者に対する大学教育の成果というのだ。教育の専門家は3人育てた程度で満足してもらっては困る。
著者は絶対に「普通のお母さん」などではない。食と愛情だけでは子供は育たないことを自ら証明したのである。
上質の教師としての能力が必要なのだ。
全くの蛇足だが、元服が数えで16歳というのにはこういう意味があったのかと得心。
